思い出の家電(47)

これまで使ってきた家電と、その思い出をみなさんから投稿していただきました。
「そういえば、うちでもそんなことあったな」などと思いつつ、ほっこりしていただければ幸いです。

わたしは「ハイキッチン

日本が本格的な高度成長期を迎えようとしていた昭和39年(1964年)ごろの話です。

家電製品ではないのですが、自社で取り扱っていたということで投稿しました。

当時、わたしが所属していた八尾工場第7技術部では、照明器具、暖房器具、ガス・石油ストーブ、キッチンセットなどを商品化しておりました。

当時、実家の台所はコンクリート敷きの土間で、下駄ばきで炊事を行っており、居間への上がり框(かまち)の段差が40-50cmほどありました。

日に何度も台所と居間の間を往復する母の姿を目にしていた父が、この段差を無くして、台所と居間の間をひと続きにして母を楽にしてやろうと台所リフォームを考えたのでした。

今で言うところのLDK(リビング・ダイニング・キッチン)ですね。

息子(わたし)がシャープ(当時、早川電機工業)にご厄介になっていることもあり、父が近所の電気店に話し、当時、販売していたキッチン4点セットの普及型流し台「ハイキッチンN-11」<SNS-1211>、普及型調理台「ハイキッチンK-11」<SKS-1211>、普及型ガス台「ハイキッチンG-11」<SGS-1211>、普及型隅調理台「ハイキッチンC-11」<SCS-1211>の購入を決めました。母は黙って話の進行を笑いながら聞いていました。

商品は非常に丈夫、しっかりした造りで数年前までの50年以上、実家のキッチンで活躍していました。最後までステンレスは光沢を無くしていませんでした。

<SNS-1211>(1962年)
<SKS-1211>(1962年)
<SGS-1211>(1962年)
<SCS-1211>(1962年)

 

   

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