昨年12月、当社は、耳にかけることで自分の噛み方を測定できる新製品「bitescan(バイトスキャン)」を法人向けに発売しました。噛む回数や速度、噛み方のバランスなどを測定できる機器とスマートフォンのアプリです。これによってどのような効果があるのか、何がわかるようになるのかなど、企画開発を担当したIoT HE事業本部 IoTプロダクツ事業統轄部 IoTプロダクツ企画部の谷村さんに話を聞きました。
「bitescan」を手に、その魅力を語る谷村さん
開発の背景
―「噛むこと」に着目した製品は目新しく、大変興味深いのですが、開発したいと思ったのはなぜですか?
噛むことは私たちの健康に欠かせない重要な行為であることが、研究で明らかになりつつあります。よく噛むことで、適正な体重の維持や口腔衛生、消化補助、脳の活性化など、さまざまな効果が期待できると言われています。たとえば、よく噛んだり、ゆっくり噛んで食事時間を長くしたりすると、満腹感をコントロールする満腹中枢が刺激され、食べすぎを防ぐことができます。また、噛むことで増える唾液には、歯の汚れを落としたり、胃腸の消化を助けたりする働きがありますし、頬の筋肉をよく動かすことで、脳への血液の循環量が増えるため、リラックス効果や脳の活性化、記憶力の維持も期待できると言われています。
一方で、日本人の一食あたりの咀嚼(そしゃく)回数は時代を追うごとに減り続け、昭和初期の頃と現代を比較しても、半分以下に減少しているという調査結果があります。
そこで「噛むことをサポートするモノづくりをしてみたい」と思うようになり、手軽に噛み方を測定し、データを見える化できる「bitescan」を開発しました。
「bitescan」の仕組み
―どのようにしてデータの測定や確認ができるのですか?
「bitescan」には、加速度センサ・赤外線距離センサが付いており、赤外線距離センサを使って、口の動きに伴う耳裏の変化をモニタリングしています。「bitescan」を耳にかけて計測したデータを、Bluetooth(4.2以上)でお手持ちのスマートフォン※の専用アプリに送り、測定結果を表示します。また、噛み方などの情報をベースにしたアドバイスもフィードバックします。(下図参照)
※ 対応OS:Android6.0以上(動作保証端末:SH-M05)
赤丸部分が赤外線距離センサ(左)、市販のコイン電池で作動(右)
「bitescan」でこんなことができる!
―では、実際の使い方を見せていただけますか。
まず「bitescan」本体を耳にかけます。続いて、スマートフォンの「bitescan」アプリの「いただきます」ボタンを押し、食事の内容を選択した後、スマートフォンのカメラで食べる物を撮影し、食事をスタート。最後に食事が終わって「ごちそうさま」ボタン押すと咀嚼回数、食事時間、ワンポイントアドバイスが表示されます。
専用アプリの「いただきます」ボタンを押してから、食事内容を選択 ⇒ 今回は「おやつ」
これから食べる「カップケーキ」を撮影
「bitescan」を耳にかけて咀嚼中・・・噛むたびにリズミカルな音とともに咀嚼回数が表示
「ごちそうさま」ボタンを押すと、咀嚼回数、食事時間、食事開始時間、ワンポイントアドバイスが表示
―すごく簡単ですね!噛んだ回数を画面で確認できたり、思わず笑ってしまうようなリズミカルな音が噛むたびに聞こえたりと、毎日楽しい気分で続けられますね。
継続が大切なので、気軽に楽しく取り組めるように工夫しています。
「bitescan」は3モデルあり、それぞれ取得できる情報の範囲が異なります。
モデル名 | アプリ | 取得可能なデータ |
BH-BS1RL | bitescan | 咀嚼結果 |
BH-BS1RD | bitescan ACADEMIC | 咀嚼結果、姿勢、特異動作 |
BH-BS1RR | bitescan RESEARCH | 咀嚼結果、姿勢、特異動作、センサ出力値 |
「BH-BS1RL」では、その日の食事内容ごとに、一口の平均咀嚼回数、咀嚼スピード、設定されている目標回数に対する達成率、ワンポイントアドバイスが表示されます。
―食事内容が写真で表示されるのがいいですね。達成率も頑張る目安になります。
「BH-BS1RD」では、左右のバランスや特異動作(頭を激しく動かした回数)のデータ表示、それらのデータに基づく姿勢判定やワンポイントアドバイスもご覧いただけます。
左右のバランスを見ると、ご自身の噛み方の癖がわかります。普段、意識しながら食事されている方は少ないと思いますが、噛み方の癖は顔の形やしわの形成にも関わってくるそうです。
特異動作の回数から推測できるのは「ゴホッ、ゴホッ」という「むせ」の回数で、その「むせ」の要因の一つと言われているのが、食べ物を飲み込む機能の衰えです。「bitescan」で「むせ」の回数が多いと感じれば、飲み込みやすい食事内容に変えるという判断もできます。
姿勢判定では、食事中にどういう範囲で動いていたかをチェックして、○×△で判定します。落ち着きのないお子さまには「○になるよう頑張ろうね」と声をかけながら、楽しく食育していただけるのではないでしょうか。
―幅広い年齢層にさまざまなシーンで使っていただけそうですね。「噛み方の癖が顔の形やしわの形成に関わってくる」 ここは女性として特に気になるところです。左右バランス、私も知りたくなりました(笑)
「BH-BS1RR」では、食事中の咀嚼波形や姿勢が時系列で確認できたりと、詳細な生データまで取得できます。食べ物や噛み方によって波形が変わることも確認できることから、研究分野で大いに役に立つのではないかと考えています。
また、3モデルすべてで表示されるのが、食事毎に整理して表示される一日のデータで、どの食事のときによく噛めているのかといったことが一目で把握できます。たとえば、ごぼうサラダのような比較的硬めの食材は、自然と噛む回数が多くなります。「bitescan」を使うことで、野菜などよく噛む食材を選ぶようになるなど、健康を意識して食事内容まで変わるようになると嬉しいですね。
さらに、時系列でデータを蓄積していけるので、日々の食事習慣の傾向も把握しやすくなります。
一日の食事毎のデータをひと目で把握(左)、毎日のデータを時系列で表示(右)
「bitescan」の展開について
―昨年12月の発売以来、「bitescan」は企業や大学など、法人のお客さま向けに販売されていますが、現在の状況と今後の展開について教えてください。
高齢者向け施設での利用者の見守り、スポーツ施設等での活用に期待しています。たとえば、高齢者向けの施設では、利用者の食事時間、咀嚼回数、特異動作などの変化を見て、「最近食事時間が短くなってきたから、よく噛んで食べるようにアドバイスしよう」とか「いつもと比べてむせる回数が多すぎるから、食事内容を柔らかいものに変えてみよう」といったように、管理システムに役立てていただけると考えています。
また、歯を食いしばることは全身の力を生み出すことに繋がり、全身のバランスにも影響します。アスリートの中には、マウスピースを使用したり、子供の頃から歯並びを矯正したりする人もいるくらいです。スポーツ施設には「噛むこと」に関心の高い人が集まりやすいので、そこで「bitescan」を使った健康セミナーなどを開催するのも面白いかもしれませんね。
―研究機関でも役立てていただけそうですね。
注目されつつあるとはいえ「噛むこと」はまだまだ未知の分野です。たとえば、日本人が”日常的”にどれ だけ噛んでいるのかという調査データや左右の咀嚼状態を測るデバイスもあまりないと思います。 「bitescan」を開発したことで、研究に役立てていただけるなら嬉しいですね。
実際に開発の過程では、大学をはじめとする研究機関と活発に交流を深めてきました。中でも、新潟大学さまとは共同研究を行うまでに至り、国が公募していた「IoT等活用行動変容研究事業」のテーマに採択された実績もあります。現在、新潟大学さまからのご要望を受けて特注で作った「bitescan」を研究に役立てていただくとともに、被験者データの取得に当社も協力しています。サンプル数が増えれば、年代や性別の平均値を出すこともできるので、さらに開発が進むのではないかと期待しています。
「bitescan」の被験者を募集して実施した研究会場での様子
製品化を実現できた原動力とは・・・?
-谷村さんご自身について聞かせてください。製品化に至るまでには、さまざまな紆余曲折があったと思いますが、熱意を持ち続けられた原動力はどこにあったのでしょうか?
実は、「bitescan」のアイデアは、約5年前に同期入社の若手社員を対象に実施された、社内提言活動の中で生まれたものです。「新規事業・新ジャンル商品について」というテーマで、幾度となく熱い議論を重ねました。当時のメンバーは、今でもさまざまな形で協力してくれます。同期のみんなで考えたことだから、最後までやり遂げて、みんなにも喜んでほしいと思いました。おかげさまで、当時提案した内容はほぼ実現できました。これも最初に高次元の議論ができたからだと実感しています。
開発当初、製品化を夢見て、ともに試行錯誤を重ねた同期入社の仲間たち
―「bitescan」には、谷村さんはじめ、たくさんの方々の想いが込められているんですね。最後に、この記事を読んでおられる皆さんにひと言、メッセージをお願いします。
今回は法人のお客さま向けに発売しましたが、一般のお客さまに広く使っていただける製品展開も検討しています。そのためには、小さなお子さまからご高齢の方まで、幅広い世代でより身近に使っていただけるよう、本体、アプリ、クラウドサービスなど、さまざまな角度からのブラッシュアップが大切だと感じています。測定結果を提供するだけでなく、さらに一歩踏み込んで、専門機関と連携した本格的な指導を行うなど、より暮らしに役立つものに進化させていきたいと願っています。
ー谷村さん、ありがとうございました。
落ち着いた表情と静かな口調から、真摯に開発に向き合ってきた谷村さんのひたむきな想いが伝わってきました。「『bitescan』はこれからも進化し、健康や美容が気になる私たちを喜ばせてくれるに違いない。」高まる期待と可能性を感じさせてくれました。
<お問い合わせ先>
シャープ株式会社 IoT HE事業本部 IoTプロダクツ事業統轄部 IoTプロダクツ企画部(谷村)
e-mail: bitescan-support@sharp.co.jp
関連サイト
製品情報:AIoTプラットフォーム – bitescan
( 広報担当:I )
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